5日目 ヴィパッサナー瞑想の方法(体験記)

4日目から、本格的なヴィパッサナー瞑想が始まりました。

(それまでは、呼吸を中心としたものでした)

ヴィパッサナー瞑想って、

どんなすごい技なんだろうとワクワクしていたのですが、

やることは至ってシンプル。

身体の感覚を観察し、その感覚を客観的に感じ取る

??? ですよね

まずは、頭のてっぺんが、どんな感じがするかなと感じてみます。

わからなければ、空気が触れている感じとか、髪の毛の感じとかに意識を向けてみます。

それを少しずつ動かしながら、感覚を味わいます。

頭から顔の方へ、さらに下へ、もっと下へ動かし、足の爪先まで・・・

意識を集中しているところにもいろいろな感覚が生まれてきますし、

意識していないところにもさまざまな感覚がうまれたり、消えたりと

いろいろな気づきが起こります。

私は、身体感覚に興味があり、こういったことも普段していたので、「楽勝!!」と思いながらも・・・

またまた、ありあまるほどの時間・・・

妄想も出てきます。

「感覚って何だろう?



ちょっと膝が痛くなってきたなぁ


少し動かして座り直そうかな、我慢しようかな


痛みって感覚はどこから生まれたのかな?

 

痛みを味わっていると大きくなるのかな、小さくなるのかな?


違うことを考えていると痛くなくなってきたなぁ




でも、痛い・・・



不快だ、嫌だ、なんでこんなことをしてるのかな、


早く休憩にならないかな」

 

と妄想、空想からココロが動き苦しみが生まれ、


「こうしたい」「こうして欲しい」と、欲望や渇望が生まれる。


それらは当然身体にも行動にも影響を与える



でも、妄想や空想と否定せず、現れたことに気づき認め、振り回されないようにする



ただ起こったことを、あるがままにみることができれば、苦しみから解放されるのでは?


奪い合いや争いはなくなるのでは?

日常の生活では、外からの刺激的な情報で感覚を生み出し、大きな欲望、渇望が生まれる。

一方で、自分の内側の生まれては消える小さな感覚に

気づかない、気づこうともしない、無視して生きてきたんだと感じました。

地震、災害、事件、事故・・・

私たちはどうすればいいのだろう?

単なる欲望、渇望を大声で叫ぶだけでいいのでしょうか?

モノは壊れ、命もなくなり、生まれるものもある

思いや感覚も、生まれては消える



全てのものごとは


常に変化 しているということ

1分前と1分後では何も変わっていない感じですが、

実は、身体も心も違うということなのですね。

自分は常に変化しているし、世の中も常に変化している

無常 ということ。

私が、ロルフィングを受けた時にもこのようなことを感じました。

受けている方も、そういった気づきをされ、報告される方もいます。

ヴィパッサナー瞑想、ロルフィングとアプローチは違いますが、

共通点や、方向性としては近いものもあるのではないかと思います。

私たちは目の前に起こる現実をあるがままにみて


いつも同じではない無常ということを知る


そして、無常だからこそ、「 今 」 たった今をどう生きるかが大切なのかなと感じました。

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